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西郷どん

「西郷どん(西郷隆盛)」ゆかりの地・観光スポット情報!

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西郷隆盛ゆかりの地・観光スポット

いよいよ明治維新150周年の新たな年を迎え、2018年1月7日(日曜日)には鹿児島が舞台となる大河ドラマ「西郷(せご)どん」が放送初日を迎えます!
これにあわせて、鹿児島では様々なイベントが開催されます。また、改めて調べてみると、鹿児島県内には多くの西郷隆盛ゆかりの地があるんです。西郷隆盛が、いかに薩摩の人々から愛されているかがよくわかります。

そこで、鹿児島県内にある西郷隆盛ゆかりの地・観光スポットを一挙にご紹介したいと思います。

1.西郷隆盛生誕地

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加冶屋町は、西郷隆盛のほか、大久保利通、大山巌、東郷平八郎など明治維新で活躍した多くの偉人を輩出した場所です。
西郷隆盛は文政10年(1828年)、12月7日に鹿児島城下の下加治屋町に生まれました。
父・吉兵衛、母・政子の間に7人兄弟の長男で、幼名は吉之助と言いました。
育った家は、鹿児島城下を流れる甲突川の河畔地域にあり,敷地は明治時代より公園化され今も守られています。
薩摩では、「郷中(ごじゅう)教育」とよばれる教育システムがあり、町内の区画を一つの「郷中」とし、そのグループの中で年長者が年少者の教育を行い、武芸や道徳教育など心身の鍛錬が毎日行われていました。子弟たちは、だいたい6歳くらいで郷中に入り、6歳〜15歳を稚児、15〜25歳を二才と言ったそうです。西郷は24歳まで下加冶屋町郷中頭として若者を指導しました。

≪アクセス≫
鹿児島県鹿児島市加治屋町
・鹿児島中央駅から徒歩9分
※「維新ふるさと館」より徒歩1分

2.西郷隆盛銅像

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西郷隆盛の没後50年祭記念として鹿児島市出身の彫刻家で渋谷の「忠犬ハチ公」の制作者・安藤照が8年をかけ製作し、昭和12年(1937年)5月23日に銅像が完成しました。わが国初の陸軍大将の制服姿で、城山を背景に仁王立ちする高さ8メートルの堂々たるモニュメントです。本体5.76メートル、土台1.21メートル、築山7.27メートル。

≪アクセス≫
鹿児島県鹿児島市城山町4-36
・市電「朝日通」、バス「金生町」下車、徒歩8分
・カゴシマシティビュー「西郷隆盛像前」下車すぐ

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3.西郷隆盛洞窟

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明治10年(1877年)2月、鹿児島城下を出発した西郷軍は、九州各地で転戦したのち、8月で解散。その後、西郷隆盛の一行は九州山地を越えて鹿児島を目指し、9月1日、城下に戻り、城山に立て籠もりました。9月24日、官軍の総攻撃が始まり、この洞窟を出た西郷隆盛は岩崎谷へと下ります。この西郷隆盛洞窟は、西郷が桐野利秋、別府晋平、村田新八、池上四朗といった西郷軍の幹部とともに最後の五日間を過ごした洞窟と言われています。最終的には鹿児島の城山に立てこもった西郷軍を官軍が囲い込み、西南戦争は終焉を迎えました。隣にある「アリヨシ民芸品店 城山店」の脇には西郷隆盛の銅像があります。

≪アクセス≫
鹿児島県鹿児島市城山町
・市電「市役所前駅」より、徒歩15分
・カゴシマシティビュー「西郷洞窟前」下車すぐ

4.南洲墓地

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西郷隆盛をはじめ、西南戦争で戦った西郷軍2023名が眠る墓地です。南洲墓地は昭和30年(1955年)1月14日に鹿児島県指定史跡に登録されています。墓石には、「抱き菊」といって、二枚の葉が十六の花弁を抱いた紋形のものもあります。これは明治天皇が維新の大業をなしとげた隆盛の功を賞して下賜されたものだそうです。また、西郷と深い親交があった勝海舟が亡き友のために詠んだ歌碑なども建てられています。参拝する人々が多くなり、明治13年(1880年)に設けられた参拝所は、大正11年(1922年)西郷隆盛を祭る南洲神社となりました。

≪アクセス≫
鹿児島県鹿児島市上竜尾町2-1(南洲公園内)
・鹿児島中央駅から車で15分。
・鹿児島駅から車で5分。
・カゴシマシティビュー「西郷南洲公園入口」より徒歩6分

5.西郷どん 大河ドラマ館

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ドラマで実際に使用された小道具や衣装の展示、ロケメイキング映像の上映、ストーリーキャスト紹介などの大河ドラマの世界観を体験できます。
開館日  2018年1月13日(土)~2019年1月14日(月・祝)
開館時間 9時~17時(最終入館 16:30)

≪住所≫
鹿児島市加治屋町20-1(鹿児島市立病院 跡地)

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6.鹿児島維新ふるさと館

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鹿児島の歴史を学べる施設。西郷隆盛らのロボットが登場したり、多彩な展示と演出が満載です。
鹿児島の歴史が一目でわかる施設です。幕末の薩摩や日本の様子と明治維新を支えた英雄たちの姿を展示、映像、ゲームなど多彩な演出で分かりやすく紹介しています。西郷隆盛らのロボットも登場します。幕末、明治維新が楽しく学べます。
開館時間は、9時~17時(最終入館16時半)、年中無休です。
入館料は、大人(高校生以上)300円、小人(小・中学生)150円。

≪住所≫
鹿児島市加治屋町23番1号

7.名称仙巌園・尚古集成館

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西郷隆盛も訪れたと言われている島津家の別荘として造られた大名庭園「名称仙巌園」、博物館「尚古集成館」として当時の歴史や文化が語り継がれています。
尚古集成館では、幕末の薩摩藩が果たした役割について、島津家の歴史、海外とのかかわりなどの視点から学ぶことができます。付近一帯は、西郷隆盛を見いだした島津斉彬が起こした「集成館事業」が行われた場所で、尚古集成館本館と、仙巌園内の反射炉跡が、2015年世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産に登録されています。

≪アクセス≫
鹿児島市吉野町9700-1
TEL:099-247-1551
営業時間:8:30〜17:30
入場料等は公式HPをご確認ください。

8.龍門司坂

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旧加治木町に残る古道です。旧大口筋の一部で、木田の高井田から毛上に通ずる石畳の坂です。寛永12年(1635年)に着工し、その100年余後に完成したと言われます。石は近くの樋ノ迫山から切り出されたと伝えられ、石切場には、後に7代藩主となった島津重年(加治木島津家4代久門)の祠が残されています。
全長は1,500メートル余りありましたが、現在は464メートルが当時の姿で残っているのみです。物資の往来する主幹線として薩摩の経済・文化に大いに関与し、明治10年(1877年)の西南戦争の際は、西郷軍がこの坂道を通って熊本へ向かいました。平成8年(1996年)に文化庁より「歴史の道百選」に選定されました。大河ドラマ「篤姫」のロケ地としても有名です。

≪アクセス≫
鹿児島県姶良市加治木町木田5088-1
・九州自動車道・加治木ICから車で5分
・鹿児島市から車で40分
・JR日豊本線「加治木駅」下車、徒歩20分

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9.西郷南洲翁宅地跡

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共研公園の北口入口に「西郷南洲翁宅地跡」と書かれた石碑があります。安政2年(1855年)、西郷隆盛が29歳のころ移ってきました。祖父、父、母を相次いで失い、下加治屋町の屋敷を売り借金の返済にあてたと言われています。明治2年まで住み、武村の屋敷を購入し転居しました。坂本龍馬も訪れたといわれています。

≪アクセス≫
鹿児島県鹿児島市上之園町10-13
(共研公園の北口入口※ナポリ通り沿い)
・鹿児島中央駅から徒歩5分

10.西郷武屋敷跡

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武屋敷は、西郷隆盛が明治6年(1873年)の政変に敗れ,鹿児島に帰ってから、明治10年(1877年)西南戦争が起こるまでの4年間を暮したところです。屋敷は西南戦争で消失してしまいましたが、井戸は当時を偲ばせてくれます。現在は公園になっており、元庄内藩の家老、菅実秀と一緒に語り合う銅像が建立されています。
西郷隆盛と菅実秀が対話しているこの座像は、ここ西郷屋敷において両氏が親睦を深め「徳の交わり」を誓い合ったことを記念して製作したものです。敷地内には西郷隆盛が使用した井戸も残っています。

≪アクセス≫
鹿児島県鹿児島市武2-28-7
・鹿児島中央駅から徒歩10分

11.僧月照の墓

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安政5年(1858年)11月16日の明け方近く、三船の沖でのことです。「バッシャーン!」西郷と月照は抱き合って錦江湾に身を投じました。月照は、大老井伊直弼による志士の弾圧(安政の大獄)で、幕府の罪人として追われる身となったのです。そして、西郷とともに薩摩へ逃亡してきたのですが、島津斉彬亡き後の藩内はとても罪人をかくまうような状態ではありませんでした。藩は西郷に、月照を日向へ送るように命じました。当時薩摩では、日向へ送るものを「永送り」といって、国境で切り捨てる習わしでした。それを十分承知した上での入水だったのでしょう。結局,月照は帰らぬ人となり、西郷は息を吹き返したそうです。大河ドラマ「西郷どん」では、月照役を尾上菊之助が演じます。

≪アクセス≫
鹿児島県鹿児島市南林寺町23-22 南洲寺内
・JR鹿児島中央駅から徒歩約30分
・JR鹿児島中央駅から車で約13分

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12.西南戦争薩軍本営跡

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西南戦争の際には、この地に薩軍の本営が置かれました。「ドン広場」の名は、この地に正午の時報に利用された大砲が備えられたことからきています。少し登ったところに、「明治十年戦没薩軍本営跡」と刻まれた石碑があります。1万人以上を率いて鹿児島で挙兵してから7ヶ月。わずか300余りの兵とともに故郷へ戻った西郷は、鶴丸城下の城山に立て籠もり、ここを本営としました。

≪アクセス≫
鹿児島県鹿児島市城山町22
・カゴシマシティビュー 「城山」バス停で下車
・鹿児島中央駅から車で約15分

13.西郷隆盛終焉之地

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明治10年(1877年)年9月24日未明、城山を包囲した官軍は一斉に砲撃を開始し、西郷軍は敵陣めがけて岩崎谷を駆け下り、最後の抵抗を示しました。西郷隆盛は腰と太ももに銃弾を受け、別府晋介の介錯によって最後を遂げたと言われています。介錯を行った別府晋介も自刃し、西郷の切腹を見守っていた桐野利秋、村田新八などは再び岩崎口に突撃して戦死し、西南戦争が終結しました。

≪アクセス≫
鹿児島県鹿児島市城山町
・カゴシマシティービュー「薩摩義士碑前」バス停から徒歩5分
・西郷隆盛洞窟から徒歩10分

14.私学校跡石塀

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明治6年(1873年)の政変に敗れた西郷は参議を辞任して鹿児島へと戻ってきます。その際、西郷に従い新政府の役職を辞職してきた人々を中心にして、私学校が設立されます。国難に際しての兵士養成が初期の目的でしたが、旧士族の不平不満の受け皿としての役割も担うようになり、後の西南戦争へ発展するきっかけになりました。西南戦争の弾痕も残っています。

≪アクセス≫
鹿児島県鹿児島市城山町8
・市電「水族館口駅」より徒歩4分
・カゴシマシティビュー「西郷洞窟前」より徒歩8分

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15.官軍戦没者慰霊塔

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西南戦争で亡くなった政府軍(官軍)の慰霊塔です。かつては同地に墓地がありました。

≪アクセス≫
鹿児島県鹿児島市清水町26
・JR・市電「鹿児島駅」から徒歩15分
・バス「水族館前」バス停から徒歩15分
・カゴシマシティビュー
[城山・磯コース]「石橋公園前」下車
[ウォーターフロントコース]「石橋公園前」または「祇園之洲公園前」下車

16.西郷家の墓

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この墓所は、西郷隆盛の祖先とその一族の墓地です。西郷隆盛の両親の墓をはじめとして、江戸時代中期からの代々の墓や23基の古い墓石が3列に並んでおり、大正11年(1922年)8月、南林寺墓地(現在の松原町から南林寺町一帯にかけてあった墓地)からこの地に改葬されました。墓地の入口近く、やや大きめの墓石が隆盛の弟吉二郎の墓です。吉二郎は、明治元年(1868年)8月戊辰戦争で負傷、戦死しています。隆盛と愛加那の間に生まれ、京都市長などの要職を歴任した菊次郎もここに眠っています。
また、隆盛が徳之島流謫中に世話になった島役人仲為の子仲祐の墓があります。仲祐は、慶応2年(1866年)10月の隆盛上京の折り同行を許されましたが、12月京都に没しました。さらに奥には、吉田茂が墓碑銘を書いた西郷家の墓が新しく建てられています。

≪アクセス≫
鹿児島県鹿児島市常磐町
・鹿児島市営バス26番線(明和線)かけごしバス停下車徒歩約3分

17.西郷公園

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人物像としては日本一の大きさの西郷隆盛像が迫力ある西郷公園。明治維新に関する資料、軍服、西郷隆盛にまつわるエピソードなども展示されています。
営業時間/8:30~17:30

人物像としては日本最大級の大きさの西郷隆盛像が自慢の西郷公園。無料で入れる公園は薩摩藩の別邸を彷彿とさせる門構えで、庭園や噴水を配した石畳の広場の周囲には、西南戦争を描いた53枚の錦絵をはじめ、西郷隆盛や明治維新に関する資料、軍服、西郷どんにまつわるエピソードなどが展示されています。お土産品店には、溝辺のお茶や、鹿児島銘菓の「かるかん」、西郷どんの大好物「さつまあげ」などが並んでいます。西郷隆盛像は昭和63年8月に建立。高さ10.5メートル、重さ30トン、台座の高さ5メートル(古賀忠雄作)。営業時間は8:30~17:30。

≪アクセス≫
鹿児島県霧島市溝辺町麓856-1
・鹿児島空港から徒歩5分
・九州自動車道溝辺鹿児島空港ICから車で約3分

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18.いぶすき西郷どん館

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指宿市は、狩りと温泉を好んだ西郷隆盛が度々訪れていた、知る人ぞ知るゆかりの地です。「いぶすき西郷どん館」では、1階に大河ドラマのストーリーやその魅力を体感できる大河ドラマ館を設置し、2階では西郷と指宿の関わりや、明治維新に指宿が果たした役割などに焦点を当てた特別企画展を実施します。
見どころは、西郷が鰻温泉に滞在した際に宿主にお礼として贈った「襦袢(シャツ)」のレプリカ試着体験や西郷どんなりきりAR写真撮影。そして、ドラマで実際に使用された衣装や小道具などの展示をお楽しみいただけます。
オープン記念として、オープンから3日間は総勢3,000人(各日先着1,000人)にオリジナルグッズをプレゼントします。

開館日  2018年1月12日(金)~2019年1月14日(月・祝)
開館時間 9時~17時(最終入館 16:30)

≪アクセス≫
鹿児島県指宿市十二町2290番地 指宿市考古博物館 時遊館COCCOはしむれ
・JR鹿児島中央駅から普通列車でJR指宿駅まで約1時間15分(快速約55分)
・鹿児島市内から車で約1時間20分
・鹿児島空港から車で約1時間30分

19.区営鰻温泉

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明治6年(1873年)の政変に敗れた西郷隆盛が翌年訪れました。鰻温泉は現在も湯けむりの立ち込める湖畔の一つですが、当時もその雰囲気に変わりはなかったようです。この地には、同じく明治政府で活躍し、同時期に故郷の佐賀に下野した江藤新平が西郷を訪ねています。江藤は佐賀において、不平士族とともに決起した佐賀の乱にやぶれ、援軍を求めに来たのですが、西郷は援軍要請には応じず、江藤は当地で入浴したあとに四国で捕縛されています。西郷隆盛が逗留した福村市左衛門方の家の跡があり、西郷隆盛の銅像が立てられています。また、「スメ」というかまどがあり、西郷もこの地で蒸した料理を食べたと言われています。

≪アクセス≫
鹿児島県指宿市山川成川6517
・JR山川駅より車で10分
・九州自動車道・鹿児島ICより国道226号を南下、指宿市街地経由で60分
・TEL:0993-35-0814
・営業時間:8:00〜20:00(受付終了19:30)
・入浴料金:大人(中学生以上):200円/小学生:100円/小学生未満:50円
・定休日:毎月第1月曜日(元日は休み。5月はゴールデンウイーク翌週の月曜日が休み。)

20.日当山温泉郷西郷どんの宿

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日当山温泉は錦江湾奥に広がる隼人平野の温泉郷です。神々の昔イザナギ・イザナミの神話伝説にまでさかのぼる、県内でもっとも古い温泉といわれています。幕末・明治に西郷隆盛もよく訪れた温泉郷で、昔から鹿児島の奥座敷として栄えてきました。明治2年には西郷に会うために藩主島津忠義も訪れています。

≪アクセス≫
鹿児島県霧島市隼人町内1462-2
・最寄り駅 JR肥薩線「日当山駅」下車、徒歩7分
・九州自動車道「隼人西IC」から車で15分
・溝辺鹿児島空港ICから車で15分

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21.山川港

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西郷隆盛は、奄美大島や徳之島へ二度の遠島の際、どちらもこの地で船出を待ちました。古来より薩摩の重要な港のひとつです。

≪アクセス≫
鹿児島県指宿市山川金生町38-1
・JR指宿枕崎線「山川駅」下車、徒歩35分
・山川港、指宿ICから車で15分。

22.西郷隆盛蘇生の家

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西郷隆盛が京都清水寺の僧月照と入水後、目覚めた時には,月照はすでにこの世の人ではありませんでした。安政5年(1858年)井伊直弼の安政の大獄によって追われる身となった月照は、公家の近衛忠熙が西郷に依頼して、鹿児島に逃れました。しかし,斉彬の亡き後の藩は、月照を日向国に追及すると決めました。絶望した西郷は月照と相抱いて冬の海に身を投じましたが、西郷のみがこの家(復元)で、一命をとりとめ介抱されました。藩は西郷が蘇生したにもかかわらず、その死を幕府に届け、菊池源吾と改名させ大島にかくまいました。一人生き残ったことを知った西郷は、自らを「土中の死骨」と呼び、生涯恥じたそうです。その後は常に死と直面しながら信義を貫く生きざまを示しました。

≪アクセス≫
鹿児島県鹿児島市吉野町
・鹿児島中央駅から国道10号沿いに北上、車で25分。バス停「花倉」より徒歩すぐ。

23.駄馬落の碑

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明治6年(1873年)の政変に敗れた西郷隆盛は、吉野台地に寺山開墾社を建て、84人の有志と共に農業にいそしみ、自らも武村に自宅からよく出掛けていきました。三月のある日、寺山開墾社からの帰りに、吉野町帯迫でサツマイモ(鹿児島では唐芋といいます)を二俵わけてもらい坂を下っていたところ、崖が崩れて足場が悪い道があった為、馬が二メートルほど下の畑に落ちてしまいました。西郷さんは不意の事で、手のつけようもなく土手の上に突っ立って考えこんでいました。近所の子供が知らせて、近所の者数人で引き上げ、荷も付け直してあげたそうです。西郷さんは、「馬引きの俺が下手だから困ったものだよ」と笑いながら言って、お礼を述べたそうです。またこんな事があっては大変と一人が、坂の下まで付き添っていったそうです。碑には、「積み荷は唐芋、引き手は西郷南洲翁」と記されています。維新の三傑と呼ばれるほどの人物が馬の扱いは苦手だった事を伝えると共に、飾り気のないその性格が、民衆に愛されたという事を今に伝える話です。

≪アクセス≫
鹿児島県鹿児島市吉野町2536−10
・鹿児島市営バス「駄馬落」下車、徒歩1分
・鹿児島中央駅より車で30分

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24.南洲翁開墾の地の碑

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明治6年(1873年)の政変に敗れた西郷隆盛は、翌々年ここに開墾社をつくり、この一帯およそ39ヘクタールを開墾し、自分も生徒とともに鍬をふるいました。当時の開墾社には西郷と行動をともにした「陸軍教導団」の生徒も約百名入っていました。そして、昼間は開墾につとめ夜は学問にはげみました。石碑の前のあたりは、寺山私学校(教導学校)があったところです。遊歩道を進んでいくと、世界遺産「明治日本の産業革命遺産」の一つ、寺山炭窯跡もあり、蒸気機関に必要な炭を焼きあげていました。

≪アクセス≫
鹿児島県鹿児島市吉野町(寺山自然遊歩道)
・鹿児島中央駅から車で約30分
・南国交通バス:宮之浦団地行き「三州原学園前」下車、徒歩10分
・コミュニティあいばす:寺山方面行き「きずな学園前」下車、徒歩2分
・コミュニティあいばす:寺山方面行き「寺山ふれあい公園前」下車、徒歩1分
・寺山自然遊歩道入り口から徒歩5分

25.有村温泉

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有村温泉は大正3年の桜島噴火で消失した温泉地です。大正3年の噴火で埋没しましたが、江戸時代を通じての温泉地で、当時は海岸に隣接する場所に湯小屋が並んでおり、船着場とも近く鹿児島から訪れるにも便利でした。西郷隆盛は、明治9年(1876年)に訪れており、西南戦争が起こる前のまだ穏やかな時期でありました。近くの有村海岸では砂浜を掘ってマイ足湯を掘ることもできます。

≪アクセス≫
鹿児島県鹿児島市有村町
・桜島港から車で10分

26.万福池・羽島浜中港 玉石積防波堤

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郡方書役助として勤めていた若き西郷が建設等に関わったとされます。防波堤横に薩摩藩英国留学生記念館があります。薩摩藩英国留学生記念館入口そばに看板があります。

≪アクセス≫
鹿児島県いちき串木野市羽島4930
・串木野駅から車で約15分。川内駅から車で約40分

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27.川内高城温泉

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西郷どんの逸話がたくさん残る泉質自慢の温泉郷です。薩摩川内市街地から約12kmの四方を山に囲まれた小さな盆地の中にある山の湯です。鎌倉時代の書物にも記され、800年余りの歴史を誇り、西郷隆盛の愛用した俗化されていないひなびた人情味あふれる温泉郷です。西郷隆盛が泊まった家(現在の双葉旅館)や、入浴した共同湯があります。平成2年には、「日本の名湯百選」にも選ばれており、夏のかじかの鳴く声やホタルが飛び交いは、一層風情を醸し出してくれます。

≪アクセス≫
鹿児島県薩摩川内市湯田町川内高城温泉
・JR鹿児島本線「川内駅」または肥薩オレンジ鉄道「西方駅」下車、川内駅から南国交通
・バス川内高城温泉行き「竹屋前」下車
・南九州道日奈久ICから国道3号、県道339号線を経由35km。

28.西郷隆盛愛犬ツンの銅像

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西郷隆盛の求めに応じてうさぎ狩りのうまい愛犬「ツン」を献上したのは、東郷町藤川の前田善兵衛でした。この「ツン」という犬は薩摩犬で、ピンと立った耳と左尾が特徴で、平成2年のNHK大河ドラマ「翔ぶが如く」の放映を機に建立されました。この銅像の制作を日本芸術院会員の中村晋也先生に依頼し、同年2月に完成しました。この銅像は、藤川天神の階段を上がった参道脇に建立されています。

≪アクセス≫
鹿児島県薩摩川内市東郷町藤川1262 藤川天神境内
・JR鹿児島本線「川内駅」から南国バス本俣行き「藤川天神バス停」下車、藤川天神参道へ徒歩5分。
・東郷支所(国道267号)より県道46号線を北上、阿久根市方面へ10キロ、車で17分で藤川天神着

29.西郷南洲翁来遊の碑

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西郷隆盛は明治3年(1870年)と7年(1874年)、ここ吹上温泉(旧伊作温泉)で静養したと伝えられています。明治7年には40日以上も滞在したようで、明治新政府を辞職後の疲れた心身を、温泉で癒したのでしょう。西郷は、この地で好きな狩猟を楽しんだようですが、連れてきた東京の洋犬は役に立たなかったというユニークなエピソードも残されています。この「来遊の碑」は、西郷隆盛を偲び、東郷平八郎の書にて、昭和2年に地元有志により建立されたものです。

≪アクセス≫
鹿児島県日置市吹上町湯之浦
・JR鹿児島本線伊集院駅から車で40分
・JR鹿児島本線伊集院駅からバスで50分
・指宿スカイライン谷山ICから車で20分

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30.栗野岳温泉「南洲館」

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栗野岳中腹にある温泉宿です。白濁した泥湯の「竹の湯」、胃腸病や神経痛にいい「桜湯」、飲む温泉の「ラムネ湯」、八幡大地獄の蒸気を利用した「蒸し風呂」があります。宿の裏にある八幡大地獄は九州一の噴気孔で、蒸気で蒸す「鶏の地獄蒸し」は、ここの名物料理です。西郷隆盛も狩猟を楽しみに訪れ、最高の湯湯治であったようで、西南戦争の西郷軍の五番大隊長を務めた池上四郎宛の手紙のなかで、栗野岳温泉のことを「全く仙境に御座候」と書き、初めて訪れたこの地を大変気に入っていたことがわかります。また、敷地裏手には、八幡大地獄と名付けられた噴気地帯があり、湯上りの散策がおすすめです。

≪アクセス≫
鹿児島県姶良郡湧水町木場6357
・JR肥薩線「栗野駅」下車、車で15分
・九州自動車道・栗野ICを下りて車で15分

31.西郷隆盛逗留の地

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大隅での猟の際には、西郷隆盛がここによく宿泊したと伝えられます。西南戦争の発端となった事件もここで聞いたと言われています。敷地内には「南洲翁宿泊の碑」が建立されており、当時使用した石風呂や手水鉢、隆盛の猟銃が暴発したときの弾痕が残っています。町内には他にも直筆の掛け軸や愛用の火鉢、急須が保存されています。

≪アクセス≫
鹿児島県肝属郡南大隅町根占川北38番地
【駐車場】なし
【料金】無料
【営業時間】通年
【問合せ先】0994-24-3164 南大隅町教育振興課
(屋敷内をご覧いただく場合には事前に連絡が必要です。)

32.西郷南洲翁上陸記念碑

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文久2年(1862年)この湾屋港(藩指定の砂糖積出港)に二度目の遠島処分を受けました。さらに、追処分で沖永良部島に行く迄の二ヵ月半、岡前(謫居跡)に滞在しました。島妻 愛加那や子供との別れの悲話や島民との心暖まる交流などの逸話、西郷隆盛ゆかりの資料が残るほか、謫居跡地には記念碑が立てられています。

≪アクセス≫
鹿児島県大島郡天城町

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33.南洲神社

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南洲神社は、西郷隆盛が島津久光の怒りにふれ沖永良部島へ流罪となり、牢獄生活をした場所。この牢獄生活のなかで、「敬天愛人」の精神を完成させたと言われています。

≪アクセス≫
鹿児島県大島郡和泊町手々知名
・和泊港から車で約3分
・沖永良部空港より車で約15分

34.西郷南洲記念館

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西郷隆盛の「敬天愛人」は、この沖永良部島で確立されたと言われており、罪人として遠島された沖永良部島での1年半の獄中生活を紹介しながら、西郷の遺訓と盛徳を紹介しています。

≪アクセス≫
鹿児島県大島郡和泊町和泊587-3
・沖永良部空港から車で約10分
・和泊港から車で約5分

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街歩き 西郷どん! [ 林 真理子 ]


街歩き 西郷どん! [ 林 真理子 ]

西郷隆盛が若き日を過ごした鹿児島の城下町、遠島生活で過ごした自然豊かな奄美大島、維新の嵐に揺れる京都・江戸など、街歩きを通して大河ドラマ主人公・西郷隆盛の生涯を追う、林真理子監修による街歩きガイド。この本を片手にさあ「西郷どん」に会いにいきましょう。

<本書の構成>

◆ふるさと鹿児島 郷中で切磋琢磨した少年時代
加治屋町周辺/示現流道場/鶴丸城への道

◆島津家の遺産 薩摩藩と「幕末」という時代
仙巌園/尚古集成館

◆島の暮らし 「敬天愛人」思想を培う
奄美大島/沖永良部島

◆歴史の表舞台へ  活躍の場は京へ、江戸へ
京都街歩きガイド/江戸街歩きガイド

◆再びふるさとへ 鹿児島に戻った西郷どんの運命は
私学校跡/終焉の地/西郷どんを癒した名湯

◇特別対談 林真理子・中園ミホ

◇トークセッション 西郷どんとその家族を語る
西郷隆夫(西郷隆盛曽孫)・西郷隆文(西郷隆盛曽孫)・原口泉・東川隆太郎・林真理子