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NHKドキュメンタリー

絶対行きたくなる!ニッポン不滅の名城「小田原城」の再放送・見どころは?

絶対行きたくなる!ニッポン不滅の名城「小田原城」

放送 2020年9月4日(金)午後10時〜[BSプレミアム]

本の城に秘められたさまざまな謎や魅力を、最新の研究に基づいて紹介する人気シリーズ。今回は関東の名城・小田原城。戦国最大の城に隠された謎が次々と解き明かされる!

白亜の天守が美しい小田原城は、戦国時代と江戸時代では全く違う顔を持つ。戦国時代に築かれた城は、9キロに及ぶ防衛ラインを構築した難攻不落の巨大城郭だった。城が本当に守ろうとしたものは一体何だったのか。現在、大規模に発掘が進む山城から、これまで見ることができなかった軍事要塞の真の姿が浮かび上がってきた。そして江戸時代、美しい天守が果たした、ある「特別な目的」とは。小田原城の知られざる実像に迫る。

【出演】千田嘉博

千田嘉博に聞く「小田原城の3つの謎」とは?

なぜ小田原城が大きな城になったのか

戦国時代、北条氏が拠点とした小田原城は、豊臣秀吉の大軍と対じするために、およそ9キロメートルにおよぶ防衛線で城を囲み、当時おそらく日本一広い城になりました。後に秀吉が大坂城に造った防衛線がおよそ8キロメートルですから、それを上回る広大さだったことになります。

なぜ小田原城は、土の城だったのか

昨今の発掘調査により、戦国時代の小田原城が鉄壁の土の城だったことがわかってきました。

小田原城から車で1時間ほどの小田原城の支城・河村新城は、小田原と静岡県や山梨県を結ぶ要地の山上に築かれた土の城です。発掘調査中の河村新城からは、深さ10メートルを超える堀や、高い土の壁が見つかり、かつての土の城はこのような姿をしていたのだということがよくわかりました。小田原城もきっと同じだったと思うのですが、急角度に固められた土の壁を登ることは難しく、堀に落ちたらはい上がることは不可能。その防御力は石垣の城に勝るとも劣らないということを実感できました。

小田原城の天守には、ほかの城にはない特別な意味があった?

江戸時代は、天守を建て直したりすることはほとんどなかったんです。江戸城や大坂城でさえ、一度壊れてしまえば二度と再建されませんでした。それが、小田原城だけは、壊れるたびに修理しているんです。その理由はぜひ番組で確かめていただきたいのですが、私が思う小田原城の最大の魅力は、この城が、地震や富士山の噴火など、数々の災害を乗り越えてきたお城だということなんです。

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絶対行きたくなる!ニッポン不滅の名城「小田原城」の再放送・見逃し動画配信は?

絶対行きたくなる!ニッポン不滅の名城「小田原城」の再放送・見逃し動画配信については、現在のところ未定です。

 

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