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NHKドキュメンタリー

NHK「ヒロイン誕生!ドラマチックなオンナたち」の再放送・見逃し動画配信は?

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「ヒロイン誕生!ドラマチックなオンナたち」ってどんな番組?

時代を切りいたドラマチックな女性たちの生きざまにドキュメントとドラマで若手女優が迫る。

時代の「ヒロイン」として輝きを放ち、後世に語り継がれる伝説を作った、まるでドラマのような人生を送った女性たち。その人物像に若手女優が取材やさまざまな体験を重ねながら迫っていく様子をドキュメント。

さらに、それぞれの人生を分けた重要なエピソードをドラマ化、若手女優が自ら「ヒロイン」として演じます。

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「ヒロイン誕生!ドラマチックなオンナたち」の再放送・見逃し動画配信は?

この番組の再放送は、番組ホームページにてご確認下さい。

また、「ヒロイン誕生!ドラマチックなオンナたち」の見逃し動画は、NHKオンデマンドやユーネクストで配信される予定です。ただし、配信期間は放送日の翌日から約2週間となりますのでお見逃しなく。

NHKオンデマンドは、NHKが放送した番組をブロードバンド回線を通じて、日本国内限定でPCやスマートフォン、タブレット、高機能TV等に有料で配信する動画サービスのことです。NHKオンデマンドは、見逃してしまった番組やニュース番組、そしてもう一度見たい過去に放送した番組を、いつでも好きな時間に視聴することができるというメリットがあります。ただし、NHK番組しか見ることができません。

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なお、NHKの見逃した番組を見る方法は、コチラの記事をご参照ください。

NHKの見逃し番組を見る方法

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これまでの放送内容

第7回「食生活ジャーナリスト岸朝子×森迫永依」

放送 2022年11月14日(月)午後11時〜[NHK総合]

「食は命」岸 朝子の生きざま

時代を切りひらいたドラマチックな女性たちの生きざまに若手女優が迫る!今回は、料理番組で「おいしゅうございました」の決めセリフで人気を博した料理記者岸朝子を描く。

今回のヒロインは、料理記者の草分けとして活躍、編集長として雑誌「栄養と料理」の売り上げを倍増させ、世界的ヒットとなったテレビ番組「料理の鉄人」では、審査員としても活躍「おいしゅうございました」の決めセリフがお茶の間でも親しまれた岸朝子(1923~2015)。プロの料理と家庭料理を近づけ、「食は命」を胸に料理の大事さを訴え続けた岸朝子の生きざまに、役者として大活躍中の森迫永依(1997~)が迫る。

岸朝子さんのプロフィール

「食」に関する職業をと、32歳のとき、主婦の友社に入社。料理記者としてスタートをきる。その後、女子栄養大学出版部に移り、『栄養と料理』の編集長を10年間務める。その間、食べ歩き、器の楽しみなど新しい企画で販売部数を2倍に伸ばす。1979年(昭和54年)、(株)エディターズを設立。料理、栄養に関する雑誌や書籍を多数企画、編集する。一方では、東京国税局の東京地方酒類審議会委員(~1994年)や国土庁の食アメニティコンテスト 審議会委員などもこなす。1993年(平成5年)より、フジTV系「料理の鉄人」に審査委員として出演。的確な批評と“おいしゅうございます”のことばが評判になる。趣味は読書、音楽鑑賞、旅行。喫煙者。座右の銘「食は命なり」。2015年9月22日、東京都千代田区の病院にて、心不全のため死去。91歳没。

第6回「美容師 山野愛子×植村友結」

放送 2022年11月7日(月)午後11時〜[NHK総合]

美容界のパイオニア・山野愛子の生きざまに、若手女優・植村友結がドキュメントとドラマで迫る!

時代を切りひらいたドラマチックな女性たちの生きざまにドキュメントとドラマで若手女優が迫る!今回は、一大美容王国を築き上げた美容師山野愛子さんの豪快人生に迫る。

今回のヒロインは、美容師・山野愛子(1909~1995)。美容学校を中心とした王国を一代で築いた美容界のパイオニア。16歳で結髪所を開業してから仕事一筋、日本におけるパーマの普及などにも尽力した。子どもだけは欲しいと「10年後にどちらかが望めば離婚できる」という条件で結婚するなど、驚きのエピソードを持つ山野。その「美」への情熱を突き動かしたものは何か?モデル・女優として活躍する植村友結が探る。

山野愛子さんのプロフィール

飯食店の娘として育つが、大正14年15歳の時に向島に御結髪・松の家を開業。昭和2年“美容の殿堂・山野美粧院”と改称。9年日本橋に山野美容院、美容講習所開設。24年山野高等美容学校(現・山野美容専門学校)を創立し、校長となり、学校教育を通じての美容師の養成と社会的向上につとめる。この間、22年国際美容クラブ設立、33年国際美容協会と改称。36年にはロサンゼルスにヤマノ・ビューティ・カレッジを開設。以降、化粧品や美容器具の販売まで多角的な経営を成功させ、夫、6人の息子とともに“山野美容帝国”を築き上げた。著書に「日本髪と着付全書」「愛チャンはいつも本日誕生」「若くしてごめんなさい」「美容芸術論」など。

ドラマパートのあらすじ

16歳で髪結かみゆいとして自分の店を開業した愛子。店は繁盛して、母親と二人では手が足りずに弟子をとるようになる。ところが、自分と同じ技術やサービスを求めるあまり、愛子は、弟子についつい厳しく接してしまうのだった。ある日、逃げ出した弟子が、心を入れ替えて店に戻ってくる。ある理由から、愛子のもとで働かせてもらうよう、父親から諭されたためだった。このことをきっかけに、愛子は、後進を育てることを自分の目標の一つにするようになる。

植村友結さんのメッセージ

ヒロインを演じることは、やはり憧れでした。しかもこの番組は、役について考える、いわば“役づくり”の様子も、ドキュメンタリーとして追っていくというのがとてもおもしろいと感じたので、ぜひやらせていただきたいと思ってオーディションを受けました。山野愛子さんのお名前は存じ上げなかったのですが、オーディションを受けるにあたって調べたところ “美容”の方だと知って。メイクもファッションも好きなので、ますます興味がわきました。結果は、最終オーディションと聞かされていた現場で、ドッキリのような形で知りました。「決まったよ」と言われた瞬間は驚いたけど、「やりたい」と思っていたので、とてもうれしかったです!

第5回「田部井淳子×外原寧々」

放送 2022年10月31日(月)午後11時〜[NHK総合]

登山家・田部井淳子の人生に、外原寧々が体当たりで挑む!

時代を切りひらいたドラマチックな女性たちの生きざまに ドキュメントとドラマで若手女優が迫る!今回は、世界初の女性だけのエベレスト登頂に成功した田部井淳子を描く。

今回のヒロインは登山家 田部井淳子(1939~2016)。まだ山に女性が登ることに白い目で見られていた時、女性だけの登山隊を編成し資金不足など苦難を乗り越えエベレストの登頂に成功(1975年)。一躍時代のヒロインとなった。田部井の言葉「一歩一歩登っていけば必ず目的地に着く」という人生観ともいえる深い山への想(おも)いはどう育まれたのか。山登り未経験の女優 外原寧々(2006~)が体当たりで迫り、演じる。

田部井淳子さんのプロフィール

1939年、福島県三春町生まれ。登山家。世界初の女性エベレスト登頂者・世界初の女性七大陸最高峰登頂者で、76カ国の最高峰に登頂した。20~40代女性のための山の会MJリンクの呼びかけ人。山岳環境保護団体NPO法人日本ヒマラヤン・アドベンチャー・トラスト(HAT‐J)の設立から関わり、2014年まで代表を務めた。2016年10月20日午前10時、腹膜癌のため享年77にて永眠。

それでもわたしは山に登る (文春文庫)


それでもわたしは山に登る (文春文庫)

2012年春、突然のがん告知。抗がん剤治療後、手術。そして点滴の合間に副作用でしびれる足で山に登り、講演や執筆をこなした。生きているかぎり前進あるのみ!世界初の女性エベレスト登頂から40年を迎えた登山家が、つぶさに振り返る「山とともに歩んだ人生」。文庫化にあたり、病気後の日々を綴った書き下ろし原稿を特別収録。

第4回「上田トシコ×畑芽育」

放送 2022年10月24日(月)午後11時〜[NHK総合]

漫画家・上田トシコの生きざまを、若手女優・畑 芽育が熱演!

時代を切りひらいたドラマチックな女性たちの生きざまにドキュメントとドラマで若手女優が迫る!今回は、漫画家の母と呼ばれた上田トシコの人生を女優・畑芽育がたどる。

今回のヒロインは、漫画家上田トシコ(1917~2008)。「サザエさん」でおなじみの長谷川町子と並んで漫画界の母と呼ばれ、戦後の少女漫画をけん引した伝説的存在。戦争中の壮絶な経験を経ながら、生き方も作風も自分らしさを貫いた。戦後、手塚治虫が切り開いたストーリー漫画の登場に一度は、挫折しかかるが…。上田が代表作「フイチンさん」を生み出すまでの葛藤に若手実力派女優・畑芽育(2002~)が迫り熱演する。

上田トシコさんのプロフィール

漫画家。東京市生まれ、旧満州ハルピン出身、頌栄高等女学校(現 頌栄女子学院)卒業。本名・上田俊子。少女漫画の黎明期に活躍した女性漫画家の一人であり、ハルピンを舞台にした代表作『フイチンさん』は小学館児童漫画賞を受賞し、アニメ化もされ、日本の漫画史に残る名作とも言われている。

『フイチンさん』


フイチンさん 復刻愛蔵版 (上) (ビッグコミックススペシャル)


フイチンさん 復刻愛蔵版 (下) (ビッグコミックススペシャル)

ビッグコミックオリジナルの話題の連載、村上もとか『フイチン再見!』の主人公のモデルとなったのが、長谷川町子と並ぶ「女性漫画家」の開拓者 上田としこ。まだ、漫画家という職業も、まして女性の漫画家などその存在すらなかった時代に、その道を切り開いた上田としこの代表作が『フイチンさん』である。作者の満州体験を下敷きに、ハルピン一の素封家の下で、門番の父親と暮らす天真爛漫な女の子フイチンのエネルギッシュな活躍を描いた本作は、1957年~1962年「少女クラブ」で連載され大人気となり、当時としては異例の長期連載となった。あの手塚治虫氏も、上田としこを高く評価し姉のように慕っていた。単行本は何度か刊行されたものの、いずれも未完で、刊行されてもアミが抜け落ちていたり、扉が欠けていたりと不完全なものだったが、今回、連載時の雑誌、各種単行本、また新たに発見されたカラー原稿などを付け、初めてほぼ完全な形で、復刻する。

第3回「ナンシー関×田牧そら」

放送 2022年10月17日(月)午後11時〜[NHK総合]

時代を切り開いたドラマチックな女性たちの生き様を新進気鋭の女優がドキュメントとドラマで描く。今回は、人類初の消しゴム版画家と呼ばれるナンシー関に16歳が迫る。

松本人志など芸能界のカリスマたちがこぞって、その才能をリスペクトしたナンシー関。消しゴム版画と文章に込められた独特の観察眼に、多くの読者が共感し、また社会への切れ味鋭い視線に驚いた。ナンシーの批評精神は、どのように育まれたのか。「突撃!カネオくん」のアシスタントでおなじみの女優田牧そら(16歳)が故郷青森を訪ね、青春時代のゆかりの人たちと出会い、その秘密に迫るともに、高校生のナンシー関を演じる。

ナンシー関さんのプロフィール

1962年7月7日、青森県青森市の棟方志功記念館そばに生まれる。法政大学在学中に消しゴムでハンコを彫り始め、「丁稚シリーズ十連作」が、えのきどいちろう氏の目に留まり、84年消しゴム版画家としてデビューする。人類初の消しゴム版画家、史上最強のテレビウォッチャーにして、稀代のコラムニスト。テレビに映った顔から万事を見抜き、幾千のコラムと幾千の消しゴムに彫りたおした。彫った消しゴム版画の数は5,000点強にものぼる。2002年6月12日逝去。


ナンシー関の記憶スケッチアカデミー (角川文庫)

「記憶スケッチ」とは、提示されたお題を記憶のみに頼って描くこと。全国から寄せられた大量のサンプルが、人間の記憶のあやふやさを暴き出す。「何でこんなになっちゃうワケ」と笑ってばかりもいられない!?

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第2回「おばあちゃん女優 北林谷栄 × 上坂樹里」

放送 2022年10月10日(月)午後11時〜[NHK総合]

28歳から「老女」の役を演じ続けた女優・北林谷栄。映画『となりのトトロ』の“メイちゃ~ん!”の声でも知られる北林。映画での役作りのため前歯を抜いてしまうなど数々のエピソードを持つ。「日本一のおばあちゃん女優」と呼ばれた北林の原点は何だったのか? そして、老女にこだわり続けた思いの根底にあったものとは?

人気ファッション誌のモデルで女優の上坂樹里(17歳)が北林の凄絶せいぜつともいえる人生をたどりながらその役者魂に迫る。

北林谷栄さんのプロフィール

日本を代表するお婆ちゃん役者・北林谷栄。映画の「ビルマの竪琴」「キクとイサム」そして舞台の「粉本楢山節考」などお婆さん役は100を超える。初めての老け役は27歳の時、盟友である宇野重吉の強い勧めによるものであった。北林のお婆ちゃん役はたちまち評判を呼び、「お婆ちゃん役といえば北林谷栄」というイメージが定着する。しかし北林は「バカの一つ憶え」ならぬ「ババの一つ選び」じゃないかと反発。ドラマでのお婆さん像のパターン化に対して疑問を抱くようになる。待っていては納得いくお婆ちゃんは表現できないと自ら脚本を書き上げたのが代表作「粉本楢山節考」である。

ドラマパートのあらすじ

北林谷栄はお婆さん役の演技で高い評価を得るようになる。しかし、当時の役者の間では、老婆役は貧乏くじのような存在で敬遠されていた。そんな時、他の劇団の役者からお婆さん役の演技のコツを教えて欲しいという依頼者が来た。しかし、北林谷栄は「そんなものはない」と言い払った。「私はお婆さん役をやりたいと言ったことは一度もない。どんな役でも、その人物の生涯に寄り添いたい…という思いで演じているだけ。」

感想

勘違いしないで欲しい。北林谷栄さんは幼い頃から祖母に育てられ、北林さんも祖母を母親のように慕っていた。たまたま、老婆役の役者の役作りを指摘したことで、自分に老婆役が回ってきた。北林さんは、どんな役でもその人物の生涯に寄り添いたい…という思いで役作りをし演じてきた。それがたまたま老婆役だったというだけのこと。

第1回「ZARD 坂井泉水×河村花」

放送 2022年10月3日(月)午後11時〜[NHK総合]

ZARD 坂井泉水の知られざる人生に、新進女優・河村 花が挑む

1991年にデビュー、「負けないで」「揺れる想い」など、数々のヒット曲を世に送り出し、90年代の音楽シーンを席巻したZARDの坂井泉水。大人気アーティストでありながらメディアの露出は少なく、全国ツアーも1回だけ。しかし多くの若者が坂井の詩の世界と歌声に魅了され、また力づけられてきた。ミステリアスな一方、力強さを備えた坂井の音楽世界は、どう生み出されたのか?

20歳の新進女優・河村花が、ゆかりの音楽ディレクターやスタッフを訪ね、その秘密を探る中、ある知られざるエピソードに出会う。

ZARD 坂井泉水さんのプロフィール

1991年にシングル「グッバイ・マイ・ロンリネス」でデビュー。93年の「負けないで」が自身初の1位となると、続く「揺れる想い」以降も次々とミリオンセラーを記録。90年代を代表するビッグ・アーティストへ成長。2002年からの“第2章”でも「星のかがやきよ/夏を待つセイル(帆)のように」などがヒット。だが、2006年より坂井が癌による入退院を繰り返すなか、2007年5月27日に入院中の病院の階段からの転落とみられる脳挫傷により40歳で死去。以降は音源を元にした作品制作やフィルムコンサートなどを展開。衰えない人気を博している。

ベストアルバム


「ZARD Forever Best~25th Anniversary~」-ROSE-バージョンジャケット

ドラマパートのあらすじ

坂井泉水はZARDとして音楽活動をする以前は、グラビアやレースクィーンの仕事に身を投じていた。ZARDとしてヒット曲を連発していたとき、マスコミが坂井泉水の過去を面白おかしく誹謗中傷する記事を書き立てた。しかし、坂井泉水はグラビアの仕事をしていたときも夢に向かって頑張っていたし、多くの人に支えられてきたという感謝の気持ちは忘れていなかった。そんな自分の過去を全く後悔していないし、肯定したいという気持ちが強かった。その思いを歌にしてみたら…と言われて作った曲が「Forever You」だった。

感想

ZARDの楽曲は恋愛・応援ソングとして今も多くの人から愛されている。そんなZARD・坂井泉水が自分の歩んできた人生を歌にした唯一の作品が「Forever You」だった。将来は音楽の道を歩みたいという夢を抱きながら、その時その時を懸命に生きていた過去の自分。それを否定することは、その時の自分を支えてくれた多くの人たちを否定することにもなってしまう。だから、グラビアやレースクィーンをしていた過去の自分を肯定したい…という生き方は凄い勇気のいることだと思う。そんな坂井泉水の生き様を魅せることが、多くのリスナーに勇気を与えたのだと思いました。

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