見逃したテレビを見る方法
逆転人生

雲田康夫さんの逆転人生「豆腐をアメリカに広めた男」の見どころ・再放送・動画配信は?

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「逆転人生」ってどんな番組?

「逆転人生」の放送は終了しました。

法廷での逆転無罪判決、スポーツでの大逆転勝利、絶体絶命の危機から奇跡の生還・・・。実際にあったリアルな逆転劇はドラマよりも、はるかにドラマチックです。主人公たちの数奇な人生を追体験しながら、泣いて、笑って、スカッとできる。そして、“奇跡の大逆転”から勇気をもらえる!

「逆転人生」は、どん底でも希望を捨てない“人間の強さ”を描くドキュメンタリー/バラエティー番組です。2019年4月1日よりレギュラー放送としてスタート。

絶体絶命から奇跡の大逆転!この世界には、シェイクスピアよりもドラマチックなリアルな逆転劇があふれています。あなたも主人公たちの数奇な運命を追体験してみませんか!?

番組MC 山里亮太×杉浦友紀

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「逆転人生」の再放送は?

再放送 毎週月曜日 午後3時10分~[NHK総合]
再放送 毎週金曜日 午後11時40分〜[NHK総合]

ちなみに、放送時間に制約されずにいつでも見たい時に見るなら、動画配信サービスがオススメです。

見逃した「逆転人生」を視聴する方法

見逃した「逆転人生」の動画は、NHKオンデマンドユーネクストで配信されています。これなら、いつでも見たい時に見ることができます。ただし、全ての放送回が配信されるわけではありませんので、ご留意ください。

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NHKオンデマンドは、NHKが放送した番組をブロードバンド回線を通じて、日本国内限定でPCやスマートフォン、タブレット、高機能TV等に有料で配信する動画サービスのことです。NHKオンデマンドは、見逃してしまった番組やニュース番組、そしてもう一度見たい過去に放送した番組を、いつでも好きな時間に視聴することができるというメリットがあります。ただし、NHK番組しか見ることができません。

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なお、NHKの見逃した番組を見る方法は、コチラの記事をご参照ください。

NHKの見逃し番組を見る方法

(注)なお、本ページに記載しているユーネクストの情報は2022年3月時点のものです。 最新の配信状況はU-NEXTサイトにてご確認ください。

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逆転人生「豆腐をアメリカに広めた男」

放送 2021年2月22日(月)午後10時〜[NHK総合]

※初回放送 2018年8月4日(土)午後9時~[NHK総合]

レディー・ガガにポール・マッカートニーも大好きな日本の豆腐。実はかつてアメリカ人が嫌いな食べ物ナンバーワンだった。大逆転させた一人の日本人営業マンの爆笑奮闘劇!

アメリカ人が大嫌いだった豆腐を大人気健康食品に育てた営業マン・雲田康夫さんの逆転劇。1985年、雲田さんは豆腐をアメリカに広めるべく渡米したが、大豆を食べる習慣のない当時のアメリカ人にとって、豆腐は変なにおいのする不気味な食べ物だった。しかし雲田さんは奇想天外な営業戦略を次々と打ち出し、販売網を広げていく。そしてアメリカでの豆腐人気に火をつけたのは、あのファースト・レディのまさかの一言だった。

かつてはアメリカで嫌いな食べ物ランキング1位だった豆腐

今回の主人公は全米に豆腐を広めた雲田康夫さん

宣伝するため、自ら豆腐のパッケージを着てマラソンに出場!

アメリカに出発する前、雲田さんの盛大な送別会が開かれた!

【司会】山里亮太、杉浦友紀
【ゲスト】元森永乳業アメリカ法人代表取締役 雲田康夫、大豆加工品雑誌編集長 西尾俊治、パトリック・ハーラン、宮澤エマ
【語り】塩屋浩三

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放送内容の要旨

アメリカで豆腐を売り始めることになったきっかけとは?

雲田さんは、元森永乳業の営業マンでした。今から40年前、森永乳業では、10ヶ月も保存がきくという画期的な豆腐「無菌充填豆腐」の開発に成功し、15億円の資金を投じて新工場を建設しました。しかし、国は町の小さな豆腐屋さんを守るためにこの無菌充填豆腐の国内販売を禁止にしたのです。雲田さんは、この窮地を脱するためのアイデアとして「日本がダメならアメリカで売ればいい」という提案書を出したところ、社長の目にとまり、「いいアイデアだ。君がやりたまえ。」と雲田さんにアメリカ行きの発令が出たのです。

単身、アメリカに乗り込んだ雲田さんは、さっそくスーパーマーケットに営業を始めるのですが、「味がない。食感もない。脱いだ靴下の臭いがする。」などと言われ、全く相手にされませんでした。アメリカ人は大豆を食べるという習慣がなかったため、大豆の臭いを生理的に受けつけなかったのです。

そんなある日のこと、スーパーで大量に豆腐を購入する女性と出会います。その女性は、豆腐をペットのエサにしていたのです。アメリカでは、大豆と言えば家畜のエサと考えられていたのです。

アメリカでの豆腐事業を黒字化するためには、年間2000万丁以上販売する必要があったのですが、1年目に販売できたのはたった60万丁でした。

いくつかの出会いで少しずつ活路を見出し始める

雲田さんがアメリカに着て2年が経ったある日、スーパーで大量に豆腐を購入する女性と出会います。その女性は、豆腐にバナナ、イチゴ、ハチミツを加えてミキサーにかけて作る「豆腐シェーク」を毎朝食べていたのです。雲田さんは、直ぐに自宅で作ってみたらとても美味しいのです。そして、直ぐに豆腐シェークの試食販売を始め、評判になりました。豆腐シェーク以外にも、アメリカ人が好きな食べ方があるはず・・・と考え、豆腐ピザ、豆腐バーガー、豆腐ケーキなど豆腐の食べ方を紹介したレシピ本を出しました。

さらにある日、インドのシク教徒の人たちが豆腐シェークの試食に訪れ、ベジタリアンである彼らにとって貴重なタンパク源となる豆腐に感銘してもらったのです。

こうして、少しずつ手応えを感じ始めた雲田さんは巨大スーパーチェーンへの営業を行いましたが、半年に1万ドルの棚代を払わないと商品を置いてくれないことがわかり、一度は断念します。

この時点で年間1000万丁の販売まで達成しましたが、目標の半分程度にとどまっていました。

画期的な営業戦略とは?

雲田さんは、シク教徒の人たちに豆腐の販売を依頼しました。シク教徒の人たちは「豆腐は素晴らしい食品です。ぜひ売らせてください。豆腐の良さを知ってもらうために熱意を持って販売したい。」と快く受けてくれました。その結果、全米2000店のスーパーに棚代ゼロで豆腐を置かせてもらえるようになりました。

また、過去に豆腐を通信販売した顧客に、近所のスーパーに豆腐を置いてくれるように依頼して欲しいと10ドル札を同封してお願いしたところ、その顧客の依頼を受けたスーパーから続々と豆腐の注文が入りました。こうして、豆腐を扱ってくれるスーパーがさらに拡大したのです。

さらに、ラジオの番組で当時のファーストレディーであったヒラリー・クリントンが夫婦で豆腐ダイエットをしているという話が出たことから、一気に豆腐の知名度があがりました。

こうして、アメリカでの豆腐販売は、ついに年間2000万丁を突破したのです。その後、国内生産だけでは賄えず、アメリカに工場を建設することになりました。

雲田さんのその後は・・・

雲田さんは、その後もアメリカで豆腐を売り続け、「ミスター豆腐」とまで呼ばれるようになりました。そして、雲田さんは定年までアメリカで豆腐を売り続けました。定年後もロサンゼルスで暮らし続けました。アメリカでの豆腐販売の成功のカギは「バカになりきれたことだ」と語っています。

そんな雲田さんは、アメリカで新たなビジネスに取り組みました。それは、日本食の「しらたき」の製造・販売です。ゼロカロリーの食材として、糖尿病で悩む人たちに向けて販売するというものです。これかからも日本のすばらしい食品を世界に広めていきたいと語っていました。

そんな雲田さんは、2020年1月に亡くなられたそうです。

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