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英雄たちの選択

英雄たちの選択「英雄か怨霊か? 保元の乱の敗者・崇徳上皇の涙」の再放送は?

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BSプレミアム「英雄たちの選択」

日本の運命を決める岐路に立った歴史上の英雄たちは、その時、様々な選択肢の中からたったひとつの「選択」を行います。なぜ英雄はそれを選んだのか?その「選択」の背景には、信念や賭け、勝算や打算など、どのような人生経験や価値観が影響していたのでしょうか?そして、その「選択」は、後世にどんな影響を残したのでしょうか?

この番組は、歴史学者の磯田道史さんのほか、歴史学・軍事学・心理学・経済学など様々な分野の専門家たちとともに、英雄たちの「脳内」に深く分け入り、選択の崖っぷちに立たされた英雄たちが体験したであろう葛藤を、専門家の考証に基づいて厳密に復元し、複数の選択肢を、独自アニメーションなどを駆使してシミュレーションします。そして、新しいアプローチで日本の歴史を描きだす歴史教養番組です。

現代人の私たちも、人生の中で岐路に立たされることは少なくありません。そんな時に、歴史上の人物が悩みぬいた挙句にとった行動は、良い参考になると思います。

ナレーションは、俳優の松重豊さんが務めています。

放送日・再放送日

放送  毎週木曜 午後8時~[BSプレミアム]
再放送 毎週木曜 午前8時~[BSプレミアム]

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英雄たちの選択「英雄か怨霊か? 保元の乱の敗者・崇徳上皇の涙」

放送 2018年3月29日(木)午後8時~

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放送前の予告

1156年の保元の乱は、天皇家、摂関家、武家が、真っ二つに分裂し、骨肉の権力争いを繰り広げる大騒乱でした。その中で、崇徳上皇は、謀反の罪を着せられ、讃岐へ流されて非業の死をとげました。崇徳上皇の死後、京の都では、疫病や火災が相次ぎ、世情不安が高まりました。最初は、とりあわなかった後白河上皇も次第に怨霊の恐怖におびえるようになりました。今回の「英雄たちの選択」では、日本史上、最大最強の怨霊といわれる崇徳上皇の怨霊伝説に迫ります。

保元の乱とは?

保元の乱は、平安時代末期の保元元年(1156年)7月に皇位継承問題や摂関家の内紛により、朝廷が後白河天皇方と崇徳上皇方に分裂し、双方の武力衝突に至った政変です。公家の内部抗争の解決のために武士の力を借りたことから、その後、武士の社会的地位が増し、後の約700年にわたる武家政権へ繋がるきっかけの一つとなったと言われています。

皇室では皇位継承に関して不満をもつ崇徳上皇と後白河天皇とが、摂関家では藤原頼長と忠通とが対立し、崇徳・頼長側は源為義・平忠正の軍を招き、後白河・忠通側は源義朝・平清盛の軍を招いて交戦しましたが、崇徳上皇側が敗れ、上皇は讃岐(さぬき)に流されました。

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放送後のポイント解説

崇徳上皇の父・鳥羽上皇は、「治天の君」と呼ばれるほど政治の実権を握っていました。天皇が皇位を後継者に譲って自らは上皇となって天皇に代わって政務の実権を支配するという「院政」が行われていたのです。崇徳上皇は、5歳で即位し、23歳で上皇となるのですが、鳥羽上皇は権力を支配し続けながら、近衛天皇や後白河天皇を即位させ、権力の中枢から崇徳上皇を外していくのです。その背景には、崇徳上皇の出生に秘密があり、実は、祖父である白河上皇の子だという噂があるようですが、真相は定かではありません。しかし、そもそも政治の権力を引き継ぐ血筋に生まれながら、意図的に権力の中枢から外されてしまった崇徳上皇の恨みが怨霊伝説の発端だと考えられています。

そして、鳥羽上皇が崩御すると、崇徳上皇に謀反の噂が流れます。これは、当時、対立していた後白河天皇の挑発だと考えられています。この時、謀反の意志がないことを説明するという道もあったのでしょうが、崇徳上皇は武力行使に出ることを決断します。これが、皇室・摂関家・武家を真っ二つに分けた戦い・保元の乱です。結果は、圧倒的な武力の差を見せつけられ、崇徳上皇は敗北し、讃岐へ流罪されてしまいます。そして、その地で46歳で亡くなります。

保元の乱のあと、京都での世情不安から崇徳上皇の「祟り」だという噂が流れるのです。崇徳上皇は、天皇家でありながら天皇家を呪ったという歴史上最強の怨霊と言われており、その後700年間にわたり、天皇家に代わって武家が政治を支配することになるのです。

明治時代になり、明治天皇は京都に白峯神宮を創建し、崇徳上皇の怨念を鎮めたと言われています。

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