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歴史秘話ヒストリア

世界初がんを作った男・山極勝三郎!歴史秘話ヒストリア「まぼろしのノーベル賞」の再放送・見どころは?

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「歴史秘話ヒストリア」とは?

毎週水曜日、NHK総合テレビで放送されている番組「歴史秘話ヒストリア」は、歴史上の人物や事件などで今まであまり知られていなかった部分にスポットを当てて紹介し、歴史上の人物の心境や決断などが歴史の秘話として詳しく解説される歴史情報番組です。『その時歴史が動いた』の後継番組として、2009年4月よりスタートして今に至っています。進行役がアナウンサー一人というのもこの番組の特徴で、現在の進行役は、井上あさひアナウンサーが務めています。

※2018年4月より、放送時間が水曜日の夜10時25分~に変更いたしました。

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「歴史秘話ヒストリア」の再放送・見逃し配信は?

歴史秘話ヒストリア」の再放送は、基本的には、3日後の土曜日の午前10時05分から放送されていることが多いようです。ただし、イレギュラーな日時があるかもしれませんので、同番組のWebサイトでご確認いただくのが確かだと思います。

※2018年4月より、再放送は毎週土曜 午前10時05分~に変更いたしました。

でも、もっと古い放送番組を見たいとか、それらをまとめて一気見したいなんていう場合には、動画配信サービスがオススメです。

見逃した番組「歴史秘話ヒストリア」を視聴する方法

見逃した番組「歴史秘話ヒストリア」は、NHKオンデマンドユーネクスト等の大手配信サービスで「見逃し番組」として配信されます。これなら、いつでも見たい時に見ることができます。

2018年10月10日放送の「山極勝三郎 まぼろしのノーベル賞」は現在、ユーネクストで配信中です!

NHKオンデマンドは、NHKが放送した番組をブロードバンド回線を通じて、日本国内限定でPCやスマートフォン、タブレット、高機能TV等に有料で配信する動画サービスのことです。NHKオンデマンドは、見逃してしまった番組やニュース番組、そしてもう一度見たい過去に放送した番組を、いつでも好きな時間に視聴することができるというメリットがあります。ただし、NHK番組しか見ることができません。

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歴史秘話ヒストリアSP「山極勝三郎 まぼろしのノーベル賞」

2018年10月10日(水)午後10時25分~

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放送前の予告

今年、ノーベル賞に日本の本庶佑 京都大学特別教授が選ばれました。

およそ90年前、日本人初のノーベル賞にもっとも近づいた男がいました。本庶さんと同じ生理学・医学部門で、あの湯川秀樹博士よりも早く受賞したかもしれない日本人研究者です。その名は、山極勝三郎(やまぎわかつさぶろう)。山極勝三郎は20世紀はじめ、がん研究で世界のトップに立った医学者なんです。人の手でがんを作る実験を世界で初めて成功させ、ノーベル賞間違いなしと期待されました。しかし、まさかの落選。ところが、山極の死後、衝撃の事実が発覚!ノーベル賞をめぐる物語は再び動き始めました。がん研究の未来を切り開いた男の知られざるドラマです。

山極勝三郎とは?

世界ではじめて人工ガンの造成に成功し、ガン研究に多くの業績を残した医学博士です。勝三郎は、江戸時代末期、上田藩の山本政策の三男として生まれました。明治12年に上京し、上田藩出身ですでに東京で開業していた医者・山極吉哉の養子となり、ドイツ語を学びながら医師を目指しました。明治13年に17歳で東京帝大医学部予科に入学、その後、本科に入学し25歳で卒業。その間、学業は優秀で特待生にも選ばれ、勉学に励む勝三郎の胸には、いつも大きな夢と希望がありました。

明治24年、28歳で医学部助教授の時ドイツに留学し、帰国後の明治28年には東京帝大医学部教授に就任。専門は病理解剖学で、特に癌研究では日本の第一人者でした。明治32年には肺結核を患いましたが、長い闘病生活の中でも医学研究を続け、42歳の時「胃癌発生論」を出版しました。入退院や家庭療養を繰り返す中で大正12年の50歳の時、研究熱心な市川厚一助手とともに、癌発生の予備実験研究に着手しました。当時、癌の発生原因は不明であり、主たる説に「刺激説」「素因説」などがありましたが、勝三郎は煙突掃除夫に皮膚癌が多いことに着目して刺激説を採り、実験を開始しました。その実験はひたすらウサギの耳にコールタールを塗布し続けるという地道なもので、すでに多くの学者が失敗していました。しかし、勝三郎は助手の市川厚一と共に、実に3年以上に渡って反復実験を行い、大正4年5月、ついに兎耳に癌の細胞を発生させることに成功しました。「癌出来つ意気昂然と二歩三歩」これはそのときの感激の句作であるといわれています。

世界初の人工癌発生のこの偉業は、ノーベル賞候補になりましたが、当時の日本の国際的な地位などの事情で、選考もれになってしまいました。現在の人工癌の発生、それによる癌の研究は勝三郎の業績に拠ると言われています。山極博士の墓は、東京の谷中の共同墓地にありますが、その偉業をたたえる碑と胸像は上田城跡公園に、胸像は上田市立第三中学校にも建てられています。

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放送後のポイント解説

山極勝三郎は、なぜがん研究を志したのか?

山極勝三郎は、現在の東大医学部に在学していた頃から、日本の医学を世界的レベルに押し上げたいと考えていました。そんな折、幼い長男を肺炎で亡くし、医師を目指していながら我が子さえ救えなかった自分を責めました。

そして、山極は病気の根本原因を研究する病理学へと進み、ドイツへ留学します。日本に帰国すると、東大医学部教授に就任、3000体以上の遺体を解剖し、「胃癌発生論」を書きました。当時、日本人の10人に1人ががんで死亡していたのですが、結核が注目されすぎて、がんへの関心は薄かったのです。

山極勝三郎は、がんの発生メカニズムを解明し、人々の幸福に貢献したいと考え、がんの研究を始めたのです。

人工発がんの成功に向けて・・・

1907年、山極は人工発がんの実験に挑むことを決意します。当時は、なぜがんができるのか・・・その発生メカニズムは謎だったのです。当時、考えられていたがん発生メカニズムは、「遺伝素因説」と「刺激説」がありました。

  • 遺伝素因説 がんの素質を持つ細胞が存在し抑制が効かなくなるとがんになる
  • 刺激説   正常な細胞であっても刺激を受け続けるとがんになる

山極は「刺激説」を主張し、動物を使った実験を始めます。当初はネズミを使って耳に刺激を与えるという単調な実験で、助手たちは次々と逃げ出してしまいます。そこへ、畜産を学んだ市川厚一が実験に加わり、ようやく前進し始めます。また、実験の方法を見直し、ウサギの耳にコールタールを塗り、乾いたら剥がして刺激を与えるという方法に切り替えます。そんな単調な実験を約8年も続け、ようやく人工発がんに成功したのです。

まぼろしのノーベル賞

山極勝三郎の人工発がんの成功は、その後のがん研究の可能性を大きく広げました。そして、1926年、アショフ博士は山極をノーベル医学賞の候補に推薦したのです。ところが、実際にノーベル賞を受賞したのはデンマークのフィビゲル博士でした。フィビゲル博士は、山極より少し早く人工発がんに成功していたのです。

山極勝三郎の晩年は、がん予防について力を注ぎました。山極は、病で苦しむ人を救いたいという思いを一生貫き続け、67歳でこの世をさりました。

しかし、山極の死後30年を経過した1966年の国際がん会議で、カロリンスカ研究所名誉教授のフォルケ・ヘンシェンは「あの時のノーベル賞は日本人とデンマーク人が分け合うべきだった」と発言したのです。実は、ノーベル賞受賞から数年後に、フィビゲル博士の実験は誤りで実際にはがんを作り出せていなかったことがわかったのです。

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参考書籍のご紹介

うさぎ追いし 山極勝三郎物語 [ 遠藤憲一 ]


うさぎ追いし 山極勝三郎物語 [ 遠藤憲一 ]

【ストーリー】
江戸から明治への転換期。/上田藩の下級武士の家系に生まれ育った山本勝三郎(遠藤憲一)は16歳の時に、東京で町医者を営む山極吉哉(横山克彦)の後継ぎとなるべく、親友の金子滋次郎(豊原功補)と共に上京。吉哉の娘・かね子(水野真紀)の婿養子に入る。やがて、東京帝国大学の医科に入学し、猛勉強を続けた勝三郎は、臨床医ではなく、病理学の道へ進むことを決心する。数年後、32歳で東京大学教授に昇進した勝三郎は、子宝にも恵まれ、幸せの絶頂だったが、そんな勝三郎を肺病が襲う。自ら病を患いながらも勝三郎がこだわり続けた研究は、人工的に癌を作ることができれば、その発生原因が証明できるというものだった。当時様々な癌の発生原因説が世界中で唱えられている中、勝三郎が信じた説は、細胞に一定の刺激を与え続けることによって癌が発生するという「癌刺激説」。うさぎの耳の細胞に刺激を加え続けることで癌が出来るか…という途方もない時間と手間がかかる実験は、助手の市川厚一(岡部尚)と共に一進一退、進められていく。果たして2人は、うさぎの耳に人工癌を発生させることが出来るのかーー。

【解説】
人工癌発生の偉業から100年超の月日を経て、現在もなお続く癌との闘いーその礎を築いた一人の男の生きざまに迫るヒューマンドラマ/名声より、わが命よりも大事なもの

まぼろしのノーベル賞山極勝三郎の生涯 [ 神田愛子 ]


まぼろしのノーベル賞山極勝三郎の生涯 [ 神田愛子 ]

第一次世界大戦中の大正四年(一九一五)、日本で、世界初となる人工的にガンを発生させる実験に成功した男がいた。このニュースは、世界中の学者を驚かせた。そして、ノーベル賞の最終選考にも残ったのだが…。その男、山極勝三郎とは、どのような人物で、どのような人生を送ったのか、一五〇年の時を経て、今ここに明らかになる。

【目次】
人工ガン実験/信州上田の地に生まれるー武家社会のおわりに/勉学に励んだ少年時代ー松平学校で未来を夢見る/上田中学校を卒業ー自分の進むべき道は/志をもって東京に出るー山極家の養子に/病理学研究への道ー親友・井上善次郎と/ドイツへ留学ー偉大なるウィルヒョウ先生に会う/医学部教授となる/病気とのたたかいー肺結核におかされる/こぶとりじいさんのこぶ/ガン研究はじまるー助手・市川厚一/実験成功その後/まぼろしのノーベル賞/おだやかな晩年/勝三郎の死後

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