見逃したテレビドラマを見る方法

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歴史秘話ヒストリア「日本人と山」の再放送は?なぜ山に登るのか?歴史上の3つのきっかけとは?

time 2017/12/10

歴史秘話ヒストリア「日本人と山」の再放送は?なぜ山に登るのか?歴史上の3つのきっかけとは?

「歴史秘話ヒストリア」とは?

毎週金曜日、NHK総合テレビで放送されている番組「歴史秘話ヒストリア」は、歴史上の人物や事件などで今まであまり知られていなかった部分にスポットを当てて紹介し、歴史上の人物の心境や決断などが歴史の秘話として詳しく解説される歴史情報番組です。『その時歴史が動いた』の後継番組として、2009年4月よりスタートして今に至っています。進行役がアナウンサー一人というのもこの番組の特徴で、現在の進行役は、井上あさひアナウンサーが務めています。

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「歴史秘話ヒストリア」の再放送は?

歴史秘話ヒストリア」の再放送は、基本的には、9日後の日曜日の午前0時5分(土曜日の深夜)から放送されていることが多いようです。ただし、イレギュラーな日時があるかもしれませんので、同番組のWebサイトでご確認いただくのが確かだと思います。

でも、もっと古い放送番組を見たいとか、それらをまとめて一気見したいなんていう場合には、動画配信サービスがオススメです。私は、動画配信サービス「U-NEXT」を使っています。

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歴史秘話ヒストリア「日本人と山 私たちは、なぜ登るのか」

2017年12月15日(金)午後8時~

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放送前の予告

登山人口800万人。日本は世界一の登山大国なのです。
私たち日本人は、なぜ山に登るのでしょうか?狩猟や林業などの「なりわい」でなく純粋に山の頂上を目指すようになった歴史上の3つのきっかけとは?

江戸最強の登山集団によるお宝を守り抜くための決死の冒険、秘境・黒部を舞台にしたサムライたちのふるさとを守りたいという思い。前人未踏の槍ヶ岳へと人々を駆り立てた宗教心。日本アルプスの美を世界に伝え「近代登山」の先駆けとなった英国外交官と日本人との心の交流。心躍る歴史登山ツアーへとご案内します!

播隆上人とは?

播隆上人(ばんりゅうしょうにん)は、 江戸時代後半の浄土宗の僧。槍ヶ岳の開山者、笠ヶ岳の再興者や活性化となった。福井県坂井市丸岡町の護城山、岐阜県美濃市の片知山、 各務原市の伊木山、関市の迫間山、加茂郡八百津町の三鉢洞、七宗町の東ヶ山や、長野県松本市の女鳥羽の滝などで修行する毎日を送っていたことでも知られる。笠ヶ岳の東面の平坦地は播隆に因み播隆平と呼ばれている。


槍ケ岳開山播隆増訂版 [ 穂苅三寿雄 ]

槍ケ岳開山170年。播隆上人一代記の決定版!旧版を改訂し、新資料を大幅増補。播隆筆「槍ケ獄絵図」(カラー刷)の特別資料付。

アーネスト・サトウとは?

江戸時代末期から明治時代にかけて、日本で活躍したイギリスの外交官。イギリス公使館の通訳、駐日公使、駐清公使を務め、イギリスにおける日本学の基礎を築いた人物です。日本名は 佐藤 愛之助(または薩道愛之助)。通算で20年以上日本に滞在し、日本人女性と結婚。登山が好きで、日本の「近代登山の幕開け」に大きく寄与しました。日本アルプスという名前も彼が付けたと言われています。

アーネスト・サトウの明治日本山岳記 (講談社学術文庫) [ アーネスト・メイスン・サトウ ]

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放送後のポイント解説

民を救うために前人未踏の槍ヶ岳に挑んだ播隆上人

播隆は、笠ヶ岳に登った時、山頂で夕陽に重なるように仏様の姿を見たのだそうです。今となっては、それはブロッケン現象によるものだったのかもしれませんが、昔から山を特別な存在として敬われてきた日本では、まさに御仏の姿に見えたのでしょう。

そんな経験をした播隆は、飢饉から民を救いたいという思いから、槍ヶ岳へ民を連れて行きたいと考えました。そして、多くの村人が安全に槍ヶ岳に登れる道を作ることを決意します。槍ヶ岳の山頂は「槍の穂先」と言われる急傾斜だったため、鎖をかけることになるのですが、そのための寄付集めにも奔走したそうです。そして、ついに17年の年月をかけてようやく登山道が完成しました。

200年前に一人の僧が命がけで拓いた道を、今では多くの登山者が登っているんです。

江戸時代最強の登山隊「加賀藩黒部奥山廻り」

江戸時代、加賀藩には暮らしの糧となる山を守るために結成された登山隊「加賀藩黒部奥山廻り」が存在しました。その登山隊が30日間も歩き続けた日記や登山ルートの地図が残っているそうなんです。現在の登山家から見ても大変正確な地図で、当時の日本の登山のレベルがいかに高かったかを物語っているようです。

その日記によると登山中に隣国の信濃の木こりたちと出くわし、領内の材木が奪われないように6日間ものあいだ監視したという記録も残っています。つまり、当時の登山は隣国との国境を明らかにし、ふるさとの山を守るための登山だったのです。

登山大国ニッポンの夜明け

イギリス人外交官アーネスト・サトウは、幕末から明治時代に日本で活躍したことで知られていますが、実は、山が大好きで、明治維新後は日本の実地調査のために日本の各地の山々を歩き回っていたそうです。そして、日本の素晴らしい自然や日本人との触れ合いを通じて、ますます日本の魅了されていきました。その後、日本人女性と結婚し、子供が生まれました。その子の名は武田久吉です。武田久吉も幼いころから父と山に登り、山登りの楽しさを知り、後年に日本山岳会を設立するのです。

明治時代以降の山登り、それは、純粋に山を楽しむというスタイルの登山だったのです。そして、それを日本に根付かせたのは、アーネスト・サトウとその息子の武田久吉だったのです。

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